ざんげの値打ちもない/北原ミレイ


ざんげの値打ちもない
 北原ミレイ
 release:1975

 

やさぐれソングの金字塔。
改めてじっくり聴いてみるとすごい歌です。
主人公の女性「私」は、14歳で男を知り、15の誕生日には「♪安い指輪を贈られて」婚約?(たぶん)・・・が、その後、19を超えた頃に「♪にくい男」をナイフで刺すという愛憎の果ての刃傷沙汰に及び、二十歳過ぎには塀の中・・・という、花も恥じらうお年頃になかなかの壮絶な人生を送っています。まさにやさぐれ中のやさぐれといった感じですが、そこには、人の温もりに飢え、絶えず孤独の中でもがいている哀れな少女の姿も浮かび上がってきて、聴けば聴くほどこの歌はなんだか悲しいです。妙にリアリティがあるので、誰かモデルがいたんじゃないかと思うくらいなんですが、はたしてどうなんでしょう。

さて、この「ざんげの値打ちもない」は、獄中のシーンが描かれる4番の歌詞が、諸々の事情から長らく欠番になっていたことは有名な話ですが、ありがたいことに現在は4番の入ったフルコーラス版「ざんげの値打ちもない(完全版)」をCDや配信などでも気軽に聴くことができます。なお、この「幻の4番」本格復活の一翼を担ったのは、NHKの音楽番組だったのだとか。(2008年放送「NHK歌謡コンサート」の阿久悠氏1周忌特集において、北原ミレイさんが幻の4番を再現した完全版を初披露)
NHKもたまには粋なことします。


ずべ公番長 ざんげの値打ちもない
サウンドトラック
 「ざんげの値打ちもない」基に制作された1971年の東映映画
 北原ミレイもクラブ歌手役で登場する
 かつて幻の4番が聴けたのはこの映画の中でのみだったそう

 

この曲の作詞者である阿久悠氏は、歌は時代とのキャッチボール。「時代の飢餓感」を敏感にキャッチすることがヒットを生む秘訣だと常々語っていたといいます。「ざんげの値打ちもない」がヒットしたのは1970(昭和45)年。私自身はこの1970年という時代をリアルに経験した世代ではありませんが、1970年といえば「大阪万博開催」という華々しい話題があった一方で、国内には安保闘争の嵐が吹き荒れ、よど号のハイジャック事件や三島由紀夫の自決事件といった歴史的大事件も起きるなど、世相的にはけして明るいばかりの年ではなかったと聞きます。くわえて戦後の復興期から右肩上がりに続いてきた高度経済成長もこの頃には終焉を迎え、世の中にはなんとなく停滞ムードのようなものが蔓延していただろう雰囲気もうかがえます。歌は時代を写す鏡といいます。昔から暗く悲しい歌は数あったと思いますが、それにつけてもそれまでとは全く毛色の異なる歌だったという「ざんげの値打ちもない」は、ただ単に当時の鬱々とした時代の気分と見事に合致していただけでなく、閉塞感漂う空気の中、次なる新しい刺激を求めて悶々としていた人々の心にも、非常に斬新な響きをもって届いたのかもしれません。

その時代にその歌が気持ちよく流れるには、時代の側にそれなりに理由があったということです。ー 阿久悠
NHK人間講座~歌謡曲って何だろう(各回講座要約文)第六回 歌は時代とのキャッチボール」より
引用元:阿久悠「あんでぱんだん」人間講座

阿久悠先生、名言多すぎヾ( ̄∇ ̄=ノ/

 

  作品データ  

ざんげの値打ちもない
リリース:1970(昭和45)年
歌:北原ミレイ
作詞:阿久悠
作曲:村井邦彦
編曲:馬飼野俊一